痛みは、「気のもの」なのですから、当然、心理的な要因は、痛みの感じ方に大きな影響を及ぼします。慢性の下肢痛をずっと訴えられていた患者さんが、転倒して上肢を骨折し手術をしたような場合、当面、下肢痛を訴えられなくなるのが普通ですし、また、家族に不測の事態が起きてその収拾に没頭しているような時には、それまであった慢性の痛みを感じなくなっているというのもよくあるケースです。逆に、家族の病気をきっかけにして、それまであった腰部脊椎館狭窄症による軽度の神経痛が急に悪化し、手術をしたが非定型的な神経痛が下肢に残存したというような例もあります。

患者さんの中には、「心理的要因がかかわっている」といわれるのを極端に嫌う方も多くおられます。しかし、それは、「それほど痛くないのだ」と否定されているわけではなくて、りっぱな「疼痛」の原因の一つだといわれているのです。痛みは、すべからく「気のもの」でありますので、これは当然のことです。

慢性疼痛になりやすい、性格や思考パターンがあることは指摘されています。慢性の疼痛の場合、痛みが長く続けば続くほど、その痛み自体が心理的ストレスとなって心理的コンディションが悪化し疼痛親和的な思考パターンに陥ったり、抑うつ的になったりすることが指摘されています。うつ的状態では、単に、うつの症状として痛みが生じているのではなく、ある種の神経伝達物質(セロトニンやノルアドレナリン)の低下によって、正常な疼痛抑制機構が低下し、痛みを感じやすい状態になっていることが知られています。

基本的に、慢性疼痛には、心理的な要因による痛みの増悪機構がある、また、慢性疼痛に親和性の高い思考パターンがあるということ、また、抗うつ剤系(セロトニン/ノルアドレナリン調節剤)が処方されたからと言って、それは、その人がうつ病だと決めつけられたのではなく、うつ病であろうがなかろうがにかかわらず、そういう薬剤が慢性の疼痛には効果があるのだということをご理解いただけたら幸いです。